1st AL「上機嫌」(1987)

今後の可能性を最大限に散りばめた良盤

ファーストアルバムのタイトルが "ご機嫌" でもなく "いい気分" でもなく、ましてや "絶好調" とか "お調子者" とかでもなく、『上機嫌』と名付けられたことに、永井真理子というシンガーの人間性みたいなもの、もしくはアーティストとしての本質みたいなものが、この時、既に言語化されていたような気がします。聴くものを "上機嫌" にする。歌い手側が "上機嫌" になる。目指す先が "上機嫌" な世界。どのニュアンスを切り取っても真理子さんに当てはまることであり、ナガマリを聴くということはこういうことなんだと妙に納得できたりもするわけで。

学生時代にデビューが決まってはいたものの、卒業するまでは学業に専念しようと、制作期間にたっぷりと1年を費やしただけあり、アルバムの完成度は非常に高いものとなっております。数々のアイドル歌手の作詞を手掛けてきた三浦徳子さんが、亜伊林名義で作品を提供していることも、このアルバムの楽曲群がアイドル歌謡ではなく、ソロシンガーの歴然としたポップスアルバムであることを雄弁に語っているわけでして。前田先生との共作も含め、全10曲中7曲もの楽曲が亜伊林さんの手によるものであるというところも、アルバムのコンセプトを明確にしている所以ではないでしょうか。

とは言え、ライブの定番曲 "Slow Down Kiss" のキュートすぎる歌いまわしは、今でこそドスの効いた姐さん節のアゲアゲソングではあるのですが、ここでのそれはアイドルポップのカマトト的な様相を呈していたりもしまして、なかなかにウブさ加減が著しい感じでもあります。ただ、トラックはブルース・スプリングスティーンシンディ・ローパーのような疾走感のあるバリバリな80年代ロックであり、昨今のリバイバルな感覚で語るなら "昭和のエモい楽曲" と言えなくもないのかなと。

デビュー曲 "Oh, ムーンライト" のスコーンとまっすぐに伸びてくるボーカル、"One Step Closer" で見せる生身の姿、"Good Luckが目にしみる" で展開されるハードロック、"Higher In The Sky" のマイナーコードに "ミッドナイト・ウィルス" のユーロビートサウンドのバリエーションは多岐に渡ります。その中でも"Donnani" と "夕闇にまぎれて" の2曲は、後のナガマリ・バラードのトリガー的な楽曲と言えます。