ナガマリの2023年:振り返りと新たなスタート

諸々の事情で今年のファン感謝祭は参加できなかったので、なんとなくですけど、年末を迎えるこのタイミングで、ナガマリの2023年を振り返ってみようかなと思います。

とにかく今年の目玉といえば『RE★BIRTH OF 1992』と『BIG SKY self cover album Brand New Door』の2作品がリリースされたこと。ライブアルバムにライブブルーレイにセルフカバーアルバムですよ。なんと贅沢な一年だったんでしょう。去年の12月24日にリリースされた配信シングル「Re★Birth」も感覚的には今年みたいなところもあるので、さらに新曲まで含まれるという怒涛の一年。'92年の横浜スタジアムライブのリブート、その後の東芝時代からオーストラリア時代までを俯瞰したセルフカバーではネオアコースティックという新境地を切り開き、音楽的にかなりJUMP UPした一年と言えます。

ライブも「RE★BIRTH OF 1992 encore concert」に始まり「M's Fes Tour 2023 BIG SKY plus 会えてよかった」、そして「ファン感謝祭 Thank You 2023」の計9本。その合間に「ファンツアーin安曇野2023(大人の修学旅行&合宿)」「PATi-PATi×GB THE GREATEST HITS ~GiRLPOP Special~」「横浜合同演奏会2023」「大人の学園祭」に、ちょいちょい地方イベントにも参加と目白押し。さらにファンクラブ「ORANGE HEART CLUB」の復活から、写真集『Meteor Shower 2017~2023』も発売と、いやいや、なかなか充実した一年でした。

こうして振り返ってみると、姐さんを軸にして縦と横のラインがテーマとして浮かび上がってくるのですが、まずはなんと言っても縦のラインですよね。アーティストとファンの繋がりが実に親密になった一年だと思います。毎晩のおやすみポスト(TwitterがXになったのもつい半年くらい前)、毎週月曜の直接対決(この対決というたった2文字の単語が今年一年でどれだけ誤字ったか)、この辺りはもう3年前から変わらずですが、安曇野ファンツアーを機にファンクラブを復活させたというのが、やはり一番大きな出来事ではないかと。ライブやイベントならまだしも、アーティストと一緒にBBQともなれば、さすがにSNSで門戸開放してしまうと収拾がつかなくなってしまった。逆を言うと、それだけ "永井真理子" というアーティストが身近な存在だとも言えるのですが、そこで線引きをしたのがファンクラブであると。基本、Team Mの皆さまは本当にいい方々ばかりなので、なにも心配はいらないと思っていますが、言うても毎晩のおやすみポストのいいねの数に比べてリプをしている方々というのは1割から2割程度の一部の方々、不特定多数の声を持たない方々の声を拾うためには、ファンクラブはかなり潤滑油の機能を果たすのではないかと思うのです。2017年の復活当初はSNSだけでどこまでできるかというスタンスではありましたが、ある意味、その一定ラインを越えたのが2023年であり、ファンとの距離感はさらに多岐のバイアスに対応していくものに進化していきそうです。

そして、横のラインです。2023年、鮎川誠さんに始まり、坂本龍一さん、亜伊林さんにKANさん、悲しいニュースもそれなりにありました。山田邦子さんのように初期の発見で癌を克服し、今ではM-1の審査員をされているというのは本当に稀なことで、わたしの身近にも闘病されていた方々がたくさんいましたが、その変わり果てていくご様子を見ていると心の底からいたたまれない気持ちになります。これは本当にコロナどころの騒ぎじゃなくて、誰がなってもおかしくない病であり、2019年の統計で約100万人の方々が明日も生きてやると必死に戦っている現実であったりします。私たちが普段通りに目を覚ましている朝は、誰かにとっては普段通りに目を覚ますことができなかった朝でもあるのです。だからこそ、私たちは普段通りの今日をちゃんと生きていかなくてはいけない。大抵は惰性で始まる朝が多くて、時に辛い朝もあり、予定がなくて思い切り寝過ごす朝もある。そんなものです。そんなものだけど、そのすべてが尊いと思う日が必ず来る。もう少しで新年だなぁ...なんて思えることが既に奇跡的なことだったんだなと。先日のふたご座流星群20時デートでの姐さんの願いが "健康第一" であったのも、来年のカレンダーに亜伊林さんの詩が散りばめられているのも、私なりに感じたのはそういうことなのではないかなと。

で、来年です。きますよ、辛島美登里さん。さらに岸谷香さん。なんですか、この横の並び。胸熱すぎてケトルでお湯が沸かせそうじゃないですか。今年も森口博子さんにツアーの発表をさせてみたり、リンドバーグ渡瀬マキさんといきなりお揃いキノコヘアを披露してみたり、テレビでは大事MANブラザーズの立川さんと共演してみたり、もうね、こういうことなんですよ。できるうちにできることはやっちまおうと。ファンツアーも学園祭も写真集も、いつかやろうではなくて、できるんなら今やろうと。私たちもある程度の年齢を越えてきたので、変な話、桜の花だって、あと何回見れるか既にカウントダウンが始まってたりするんすよ。儚いよ。だからこそ、もう一回、Ready Steady Go!でいきましょう。スタートを切るのは明日じゃなくて今なんです!

『BIG SKY self cover album Brand New Door』

去年、2022年の4月、昼の部を "Blue Sky"、夜の部を "Night Sky" と銘打ち、それぞれのビジュアルイメージまで製作したライブツアー「BIG SKY ~neo Acoustic Live~」が名古屋・心斎橋・渋谷の東名阪で開催されました。このタイミングというのは、2021年のファン感謝祭で「Re★Birth of 1992」が重大発表され、青天霹靂びっくらぽんのナガマリ・ディナーショー・イン・鶴岡までやっちまうぞ~のアナウンスがあった頃。当然のように『会えて よかった』のコラボライブは開催日未定のままの延期状態、コロナ禍の人数制限問題からギリギリの状態で「サモール尾道」がどうにかこうにか開催にこぎつけられた後のことでした。社会情勢とにらめっこしながら右往左往し、挙句の果てには35周年というアニバーサリー・イヤーまで迎えてしまう。そんな中での「BIG SKY」というキーワードは、もちろん新たな扉(Brand-New Door)の先に広がっていた景色を表してもいるし、"20時の流星群"に代表されるようにファンとアーティストの絆を具現化したとも言えるし、作詞家・永井真理子という側面から見ると、「空」というキーワードは憧れや希望・内省や自己肯定のメタファーとして表現されてきた言葉でもあるわけです。そんなキーワードがタイトルに冠せられたのが、最新アルバム『BIG SKY self cover album Brand New Door』になります。

そもそものスタート地点は『Brand-New Door』に収録されていた"少年"ではなかろうかと、いつもの如くわたくし勝手に思っておりまして、アレンジャーであるCOZZiさんが、ギター炸裂のバンドサウンドではなく、どちらかというとマッシー的なエレクトロニカトリップホップな文法を発明したことが、この『BIG SKY』というアコースティックの「ネオ」の部分になるんではなかろうかと。それは『Brand-New Door Vol.2』の"La-La-La"に発展し、アルペジオを加えた"ありがとうを言わせて..."へとつながっていく。その根底にあるのは、やはりコロナ禍という内省の季節を越えたからであって、なんて言えばいいんでしょう、インナーチャイルドを癒すといいますか、メロディーや詩世界の本質を突き詰めたというか、なんかよくわからないんですけど、とりあえず天才って感じなんですよね。

で、もう一つが2020年6月の「おうちでトーク3」で披露された"同じ時代"。コロナ禍まっただ中、明日も見えない状況で、とにかくがんばろう、疲れたら休もう、無理はしないようにしよう、だけど、今日よりも明日がよくなるように少しずつでも歩いていこう、そんな思いをピアノにのせたマッシーのアレンジが秀逸すぎる楽曲が、そのアレンジのまま、この『BIG SKY self cover album Brand New Door』に収録されています。もうね、響子さんの楽曲を辛島さん的なピアノバラードに仕立て上げてしまうというこの反則技をマッシーがやってしまうという、なんだろう、ディズニーランドとUSJのいいとこどりのアトラクションをナガシマスパーランドで作っちゃったみたいな、意味わかんないんですけど、とにかくそんな感じなんですよ。でね、そんな今から3年前のアレンジがここでアルバムに収録されていて、コロナ禍から始まったB.N.Dシリーズの"少年"も、そもそものスタートだったと仮定するとしたならですよ、この『BIG SKY』というアルバムは、コロナ禍の3年間をギューッとまとめた作品になるのではないかと。言うなれば、このアルバムにはパンデミックとの戦いの歴史が詰まっているのではないかと。

そのキーになる曲が、またまたマッシーのアレンジによる"Keep on Keeping on"になるわけで。もともと12曲収録する予定だったアルバムが、最終的に"YOU AND I"を外して11曲収録に変更されたのも、このマッシーアレンジの"Keep on"があったからだと思うんですね。ベースとなるアレンジは『Re★Birth of 1992』のバージョンになるんですが、そこではまだ根岸さん的なイントロはそのままで、シンフォニックなサウンドアレンジが加わったとしてもオードブル的な感じ。ノスタルジックではあるけれど、どこかそれを古びないように煌びやかにラメってる印象がありました。そのシンフォニックをメインディッシュでドーンとアレンジしてきたのが『BIG SKY』バージョンで、この3年間の戦いを労うような、ここから始まる新しい時代を祝福するような、そこには痛みも涙もあって、新たな出会いや喜びもあって、こんなんじゃダメだと叱咤激励した日があって、これ以上はもう無理だと全てを投げ出してしまった日があって、でも、どんな日でも、この空だけは変わらず頭上に広がっていてくれてみたいな、なんともな柔らかい世界観が広がっているんですよね。その柔らかさとは、ほんのりと白んでいく夜明けの空のようであり、一日の疲れを癒してくれるオレンジ色の夕暮れのようでもあり、この景色が遠いどこかの誰かとつながっているのかもしれないと思えるような黄金色の月夜でもあるという。

「空」というキーワードがダイレクトに歌詞に出てくる楽曲ばかりを集めたアルバムが『BIG SKY』になると思いがちですが、この"Keep on"のように「空」を感じる楽曲を集めたコンセプチュアルなアルバムが『BIG SKY』になるわけでして、その選曲もまた、もう、たまらなく姐さんなんですよね。あのはっちゃけエレポップな"Bicycle Race"が、スタバで流れているようなカフェ・ミュージックになり、Jポップど真ん中のマージーソング"KISS ME"が、表参道辺りで流れてそうなフレンチポップスになってるという。どこで「空」を感じるんじゃ~と突っ込まれそうですが、スタバや表参道のテラスで空を見ません?透き通った青い空、晴れやかな気持ち、穏やかな時間、美味しい珈琲、街ゆく人々の雑踏、その楽しそうな笑顔、笑顔、笑顔。

コロナ以前は当たり前だった景色が、今ようやく戻りつつあります。それでも完全に以前のようになることは恐らく二度とないでしょう。時間は戻らないし、失ったものは失ったまま、誰もそれを取り返してはくれません。でも、この3年間を振り返ってみると、3年前の自分には想像もできなかった世界で、わたしたちは今を生きてはいませんか?3年前にはいなかった仲間たち。3年前には考えられなかったコミュニティ。3年前とは比べようもない幸せや喜びや楽しみが、今のわたしたちにはありませんか?それは、この3年間、ひとりひとりが何かと戦い、何かに抗い、何かに打ちのめされてきた結果だと思うんです。そんな≪傷だらけになった羽根≫をここで≪少し休ませて≫みよう。≪誰も悪くないから どうか責めないで≫ほしい。そんな真綿に包まれるような温かさに満ちた楽曲"おやすみ"でアルバムは締めくくられます。≪明日の光を背に浴びたら きっと 君への新しいドア開くよ≫と。

新生・永井真理子という言葉がぴったりなアルバム『BIG SKY』。冒頭の"海と貝殻"で、≪終わった心の傷は私に全てあずけて≫と大海のような抱擁力から物語は始まり、≪迷いの先にのぞく晴れ間へ この思い出を抱えてゆくよ≫と軽快なカッティングで明日へ踏み出していく"ミエナイアシタ"。"きれいになろう"では≪声が届かないあなたへの ありがとう≫と感謝と自己研鑽を、からの、好きすぎて全てが名フレーズの"WAY OUT"からあえて抜粋するなら≪君の中にすべての答えがある≫と、その内省は何一つ間違っていないよと。そして、"タンバリンをたたこう"の大団円。前作の『B.N.D Vol.2』も名盤でしたが、それを遥かにしのぐ名盤の誕生。アルバムの構成から、各曲のアレンジから、一音一音を味わうように包み込むように歌い上げているナガマリのボーカル。こんな作品作っちゃったら次はどうなるの?といらぬ心配をしてしまうくらいの出来なんですよね。

にしても、"WAY OUT"のアレンジが神すぎる。"好奇心"もそうだし、"キャッチ・ボール"のRe★Birthバージョンもそうだし、"レインボウ"もそうなんだけど、今のアニキだったら"ガリレオ"まで感動的に仕上げられちまうんじゃないかと思っちまいます。

『RE★BIRTH OF 1992 2022.8.7.Sun. KT Zepp Yokohama』

あの日、真理子さんは3万人の大観衆に向かって、こう語りかけていました。

「最近ね、私すごく思うことがあるんです。それは何かって言うと、自分がこの世に生まれてきた意味とか、そして、こうやってみんなに会えるには、なにか理由(わけ)があるんじゃないかなって。きっとこれは、みんなと会える運命なんだろうなって。すごくすごく大切な運命なんだろうなって思ってます」

そんなMCのあと、さわやかな潮風と共に鳴り響いたのは "La-La-La"。ブルースハープが奏でるファンファーレ、煌びやかなペンライトと雨上がりの星空、会場中が一体となったシンガロングと左右に揺れるオーディエンスの波、バンドとホーンセクションのクライマックス。あの夜、会場にいた誰もが永井真理子という存在に心酔し、会場にいた誰もがこれからもずっと永井真理子と共に生きていこうと胸に誓ったのでした。

その半年後、セルフプロデュース第一弾として『大きなキリンになって』のシングル盤が発売されたのですが、ガラリと変わってしまったアートディレクション、ゴリゴリのバンドサウンドサイケデリックなファッションからは、あの横浜スタジアムの面影が完全に消え去っていました。いや、消し去ったと言った方が当てはまるのかもしれません。いずれにしても、この作品からナガマリ肯定派とナガマリ否定派の賛否両論が巻き起こり、ファンの間は完膚無きまでに二分されてしまったのです。そして、踏み絵的な決定打となったのが1993年7月31日に開催された二度目の横浜スタジアムライブ "BIG OPEN ZOO" での結婚発表でした。

一瞬たりとも止まることのない時代の潮流の中で、私たちは、もがいて、あがいて、あらがって、いつ果てるとも知れない荒野の先をただひたすらに歩き続けてきました。切り捨ててきたものもあれば、しがみついてきたものもあって。人間関係に疲れ果て、夢を追うことを諦め、希望も萎んでしまった。惰性でも物事は進んで行くと知れば、あえて行動を起こす必要もなくなっていく。あの日から訪れた歌のない世界というのは、そんな殺伐とした無感情の世界。あの頃、頼りない背中を力強く押してくれた大好きな歌。あの夜、心の痛みをそっと癒してくれた大好きな歌。あの時、みんなで肩を組んで気持ち良く歌い合った大好きな歌。それらの景色はただの想い出でしかなかったはずでした。

去年の夏、そして、先日開催された『Re★Birth of 1992』は、30年前のあの夜の誓い、そして、二分されてしまったファンたちが一堂に会する、ナガマリ・アニバーサリーの祝祭的なイベントであり、想い出でしかなかった大好きな歌たちが再び息吹を戻した瞬間だったのではないかと思います。

デビューからの5年間を見事に凝縮した『1992 Live in Yokohama Studium』のセットリストの豪華さは、今さら私が語るまでもない、TeamMひとりひとりの人生に勇気と希望と夢と愛をもたらした名盤であることは間違いないですし、ライブ盤だからこそのナガマリとヒステリックママのノリに乗ったドライブ感は唯一無二のものでもあります。

そして、感動的なのは『Re★Birth of 1992』のオープニングが『1992 Live in Yokohama Studium』の "La-La-La" のエンディングから始まったということ。あの日の誓いから30年の時を一瞬にして繋いでしまう。この音楽の魔法は筆舌に尽くし難い。歩き続けてきた荒野の先に、こんなにも緑が鮮やかで、光の粒に溢れた世界が待っていたなんて、誰が想像できたでしょうか。

「時間なんか関係ありません。きっかけもぜんぜん関係ありません。でも、最近あった人は欲言えば早く会いたかったよね。でも、これからずっと一緒にいようね」

『1992 Live in Yokohama Studium』で語られたこの感動のMCは、そのままこの日の夜にも当てはまるものでした。30年間、姐さんと共にひたすら歩いてきたファンもいれば、どこかで離れていってしまったファンも少なからずいるはずです。でも、そんなことは瑣末なこと。今、ここで再び出会えたことが素敵なことで、今、この瞬間を楽しめることが素晴らしいことなのです。そして、そんな機会を設けてくださった真理子さんや多くの関係者の方々に深く感謝です。本当にありがとうございます。

去年、ストリーミング配信された『Re★Birth of 1992』のオープニングでは "La-La-La" の映像から始まっていたのですが、今回のBlu-rayではタイトルロゴをバックに音声のみという演出。そして、かつての『1992 Live in Yokohama Studium』の映像作品が、会場に集まった多くのファンのオフショットを散りばめた編集だったところも、同じように『Re★Birth of 1992』でもTeamMのオフショット満載の編集がなされています。30年前、わたし映っちゃった!とはしゃいでいたように、今回もはしゃぐこと間違いなしの作品に仕上がっている。これも30年前となんら変わらないことで、ひとりひとりとの繋がりを大事にする永井真理子というアーティストの魅力であると言えます。

セルフカバーアルバム『Brand-New Door』のアレンジをそのままライブに反映している曲もあれば、当時のアレンジのままのものもありなのですが、その中でも特筆すべきは "キャッチボール" のニューアレンジ。『1992 Live in Yokohama Studium』の壮大なアンセムとシンガロングも最高の感動を呼び覚ますものですが、今回の『Re★Birth of 1992』のアレンジはイントロからして別次元。弦と鍵盤がキラキラと奏でる柔らかで洗練された世界観は、魂の奥深くをそっと包み込み、歌うことも手を繋ぐことも許されないこの世界だからこそ、心と心がより結び合えることを雄弁に物語っている。その世界観は次曲 "La-La-La" も同様で、奇跡的に訪れる明けの明星の輝きのように、ここから始まる一日を確かに歩いていこうと、聴く者の背中にそっと手を添えてくれる。大きくもなければ、偉大でもないけれど、自分らしく歩いていこう。ここで感じることができる運命は、きっと必然で、きっとどこかへ繋がっていく奇跡のはずだからと。

「あの時、もしかしたらここで会えるのは運命かもしれない、ていうような話をして "La-La-La" を紹介しました。でも、今回は約束をしてたような気がします。30年前に約束して、またここで会おうねって、そして、それまでに繋がったみんなを連れて、ここで会おうねっていう約束をしたような、そんな気がしました」

30年前と同じようにMCの紹介から披露された『Re★Birth of 1992』のラストソングは、その名も "Re★Birth"。30年前の出会いも、その後の別々の道も、その歩みの中で経験したことも、今ここで再び繋がれることも、すべてが約束されていたことだったような、その為に今までのすべてがあったような。そんな多幸感に包まれたフィナーレ。

どんなベスト盤よりもベストと言えるアニバーサリーアイテムが、この『Re★Birth of 1992』のBOXセットだと言えます。これは、今この時を大事にしている真理子さんだからこそ表現できる作品であり、私たちTeamMの30年の軌跡でもあります。あの日から経験した幾千もの喜びや悲しみは決して無駄じゃなかった。そして、ここからまた一緒に歩いていける。恐らく、この作品に触れた誰もが永井真理子という存在に再び心酔し、この作品に触れた誰もが再び永井真理子と共に生きていこうと胸に誓う。そんな約束を私たちは30年前に交わしていました。

今、心から伝えます。

みんな、おかえり!そして、ただいま!

Live Blog「Re-Birth of 1992 KT Zepp Yokohama 2022.8.7」(2022)

過去の痛みや今の不安を明日への希望に

2022年12月4日~12月12日までの9日間、PIA LIVE STREAMにてオンライン動画配信をされていた『永井真理子 Re-Birth of 1992 KT Zepp Yokohama 2022.8.7』。今年8月に行われた『Re★Birth of 1992』のライブ本編をギュギュっと1時間に集約、厳選11曲で構成されたエディット・バージョンでの配信でした。

そもそもが奇跡的なイベントだったと思うのです。最近、いろいろな媒体でインタビューが行われていますが、そこで真理子さんが「過去を振り返るのはあまり好きではない」と語っているように、長年のファンの方ならご存じ、この御方、本当に前しか見ない御方で...。そんなこと言ったって、テレビでは過去のヒット曲しか歌わないし、寄せ集めのベスト盤なんか腐るほどあるじゃないか、という声が上がるのももちろんわかっておりますが、ある意味、そこも奇跡的なことであってね。姐さんが全国放送のテレビで「ZUTTO」を普通に歌っているというのは、これ、今までじゃ絶対に考えられないことだったんですよ。そういう後ろ向きなことが大嫌いな御方なんですから、ホントに。ただ、なんでしょうね、求められると断れない御方でもあるのかな?なんて思う時が復活後はしばしばあったりもしますが...。

で、そんな御方が過去のライブをもともとのメンツでセットリストをそのままでやろうなんて、こんなノスタルジック万歳なことをしてしまうというのが、もう、奇跡的なことだなと。んでもって、蓋を開けてみたら、やっぱりこの御方、前しか向いてなかったという(笑)。そうなんですよ、やっぱりナガマリはナガマリなんですよ。それが嬉しくて嬉しくて。やってることは過去のセットリストなんですけど、それを再現する気なんてさらさらないと言いますか、もう "今" なんですよ。"今" のわたしを見てくれと。で、会場にいるみなさんも "今" なんですよね。誰一人、30年前をそっくり再現しようとしてる人なんかいなくて。アーティストも素晴らしければ、オーディエンスも素晴らしいという、あんな幸福な空間にいられなかったことがただただ悔やまれるんですけど...。

しかし、なんでまた、急にこんなことを語り始めたかっていうと、昨晩の姐さんツイートが熱くて熱くて。これ、絶対に来年はもっとスゴイことが起きる伏線でしかないじゃんと。

前回のファン感テキストで、2022年で過去の自分をRe★Birthしてからの2023年はJumpする年になりそうなんて書きましたが、冗談抜きで1月14日以降、おそらく私たちの想像を遥か斜め横から超えてくることが起こりそうで、もうワクワクが止まりません。

もうね、夢を語るには齢を重ね過ぎたし、そんなフワフワしたことを夢想するほど現実は甘くないことも知ってしまったし、毎日毎日、小さな痛みがチクチクと心を刺し、たまに大きな痛みに膝を抱えてうずくまってしまうこともあるじゃないですか。それでも大丈夫なんですよ。それでもいずれはなんとかなるということを私たちは知っているんです。真理子さんも同じようにそんな日々の何げない痛みをこれからも歌っていかれるのではないかと。その痛みの先には希望があって、その希望の先には大きくはないけど私たちそれぞれの小さな夢がある。

音楽と共に人生があり、ナガマリと共に楽しみがある。

ひとまず、1月14日 土曜日!みなさん、横浜でお会いしましょう!

Live Blog「M's Fes 2022」(2022)

一巡からの飛躍は大空へ

2018年の「永井真理子 Birthday & ファン感謝祭 ~For Team MARIKO~」から早4回目を迎えた今年2022年のファン感、その名も「M's Fes 2022」。タイトルの由来は、4月に東名阪で開催された「Big Sky ~neo Acoustic Live~ Blue Sky & Night Sky」、8月の「Re☆Birth of 1992」、さらに延期に次ぐ延期からようやく10月に開催された「コラボアルバム "会えて よかった" リリース記念ライブ」。この3本のライブを総括した、ナガマリ曰く "東映まんがまつり"、いや "幕の内弁当" のような内容のセットリストだったわけなんですが、これ、ライブに参加してちょっと思ったんですけど、来年辺り、それこそ年明け一発目の「Re☆Birth of 1992 Encore」以降って、永井真理子のステージがまた一段階上がりそうな予感しかしないというか、なんて言うんでしょ、2017年に復活してから、ここで1周まわりきったような、そんな感じがスゴイしたんですね。と言っても、活動の規模が大きくなるとか、会場も大きくなりそうとか、そういう二次的なことを言ってるわけではなくて、なんかね、音楽的にもう一段階深くなりそうというか、そこに辿り着けた1年が、この2022年の "Re-Birth" ではなかったのかなと。

そもそもが「Big Sky」なんですよね。セルフカバーアルバム「B.N.D vol.1」が過去の自分への振り返りだとしたら、「B.N.D vol.2」はそんな過去の自分を肯定して受け入れる作業だったと思うんですよ。これって、ボクらリスナー側からしても同じことで、"永井真理子" というアーティストとの出会いと再会、今とのつながりを確認していく作業でもあったのかなと。多感な思春期、そこから数十年の時を越えて、今ここでそのエネルギーを再構築していく。そうしたことで、そこから見えてきたもの、それが齢 (よわい) というものだった。今、ここで若ぶってあの頃のようなことを繰り返してもなんの意味もない。数十年という齢を重ねたからこその熟成された渋みであったり、経験から生まれた余裕であったり、辛苦を越えてきたからこその心地よさであったり。その境地が "大人の永井真理子ネオ・アコースティック" だったのではないかと。

ファン感で披露された楽曲の中で、ひと際輝いていたのが "Bicycle Race" のネオ・アコースティックver.だったんですけど、この幻想的でノスタルジックで、それでいて核 (コア) の部分にはしっかりと "永井真理子" という過去と今が共存している。そう、過去を見ながら今を見ていて、さらに未来まで感じられる。そんな世界観がスゴすぎて、演奏が終わった後も、その余韻に浸りすぎて拍手をするのさえ忘れてしまうくらいでした。

過去の自分との対峙『Re☆Birth of 1992』と『会えて よかった』。この2つのテーマを咀嚼したことで、次のステージに向かおうとしているナガマリは本当にパワフルでした。いや、ホント、冗談抜きでヤバかったです。そして、音楽的にここまでたどり着けたこと、それこそ "TIJ Music" のインタビューで語っていたように「鼻歌を歌うのも怖い」くらいだったところからここまでこれたこと(あのインタビュー集は本当に素晴らしいです)、それがライブのMCで語られていたことなのではないかと。

<わたしを音楽に戻してくれてありがとう>

<わたしの音楽に出会ってくれてありがとう>

その思いが来場者全員とのチェキであり、新年のアンコール公演だと思います。8月に開催された分は映像作品&音源として残っていくので、アンコール公演はさらにバージョンアップしているに違いありません。どこまでも広がっていく "Big Sky" に向かって "Jump" する。それが来年のナガマリになるかもしれない。そんな予感しか感じなかった今年のファン感でした。

1st EX「会えて よかった」(2020)

完全無欠の原点回帰

こちらのアルバムも、リリース時に全曲レビューをしておりますので、そちらをリンクしておきます。

それにしても、いろいろな意味で運命的な巡り合わせになってしまった作品。その最たるところは、やっぱり、あの『OPEN ZOO』以来の、誰もが心のどこかで待ち望んでいたナガマリ&前田先生の新曲が、30年の時を越えて本当に実現してしまったというのがね。もちろん、サイケデリックに走っていた頃を否定するわけでもないし、インディーズ・ロックをかき鳴らしていた時はちょいと頭をよぎったけど、オーストラリアに旅立たれた頃には、もう無理だ、絶対に戻らないと諦めてしまった、あの王道のど真ん中を走る真理子さんの姿。それが拝めたというだけでファン冥利に尽きる作品だと思うんです。

僕らがナガマリに出会ったのって、時期の差はあるにしても、だいたい "ミラクル・ガール" 前後になるわけじゃないですか。その頃って、テレビやラジオから流れてくるヒット曲に、ただただ普通に親しんでいたわけで、真理子さんもその中の一つに過ぎなかったはずなんです。でも、そこで何かが自分にフィットした。その原体験って、やっぱり強烈なんですよ、どんな人にとっても。昔の歌はよく覚えているけど、最近の歌はぜんぜん覚えられないって、よくあることだけど、それもそういうことなんですよね。フィットするかしないかなんです。で、真理子さん自身が、その原点にここで舞い戻ったというのは、これスゴイ重要なことだと思うんですけど、10年間の空白期間がお互いの原体験を復活前の20年間にまるっとまとめちゃったからではないかと。それって、どういうことかというと、酸いも甘いもぜんぶ復活前の20年に凝縮されちゃって、残るのは永井真理子という存在だけになってしまったと。

この作品以前にも、昔では考えられなかった根岸さん時代のヒット曲を普通に歌う真理子さんの姿があって、このあとにリリースされるセルフカバーアルバムも、ライブのセットリストも、びっくりするくらいに20年間をまるっとまとめた内容になっているのです。そこからの原点回帰の旅は、コロナ禍の影響もあり、発売から2年以上経っても未だに完結していません。この10月に開催されるリリース記念ライブで、今まで披露されていなかった "逆転の丘" が初めて演奏された時、あらゆる意味での永井真理子が復活するような気がしてならないのです。

16th AL「W」(2019)

つながりが導いた新境地

こちらのアルバムも、リリース時に全曲レビューをブログにあげているので、そちらをリンクしておきます。

当時は、真理子さんがファイティングポーズをやめたという視点からものを語っていましたが、改めて聴き返してみても、やはりここには戦わないナガマリの姿しかないような気がします。さらに、ジャケットにあるように、こちらに手を差し伸べていたりするという。これこそ、リアルな "おいでよSmile World" じゃないかと思うのですが、そんな風にTeam Mと手を取り合いながら1曲1曲を作り上げていった感じが16枚目のスタジオアルバム『W』ではないかと。

アーティストのキャリアが長くなれば長くなるほど、そこで求められるものというのはヒット曲であったり、古参なファンから支持されている懐メロであったり、大抵は後ろ向きなものばかりだったりします。真理子さんも例外ではなく、一般的なところから見れば当たり前のように "ミラクル・ガール" と "ZUTTO" の人で、芸能的なところから見れば年齢の割には若い人というところが注目されるポイントだと思うのです。ただ、それを差し引いても、このアルバムに収録されている "20時の流星群" と "ORANGE" がファンから支持されているということは、もう本当に健全で幸せなことではないかと。"ORANGE" なんて、今の真理子さんのテーマ曲だって、みんながみんな共通認識として持っているわけじゃないですか。新曲がここまで受け入れてもらえるアーティストなんて、本当に一握りです。

それってどういうことなのかなと思うと、やっぱり、このアルバム・ジャケットにすべて集約されているんですよね。向こうから手を差し伸べてくれている。この受容力というか包容力みたいなものって生半可じゃできないはずなんですよ。それが可能になってしまうというのは、真理子さんのエネルギーの根源がTeam Mであり、Team Mみなさんのエネルギーの根源も真理子さんであるという、この友好的で理想的な循環が健全に機能していること、その関係性が成立しているからこそだと思うのです。