『BIG SKY self cover album Brand New Door』

去年、2022年の4月、昼の部を "Blue Sky"、夜の部を "Night Sky" と銘打ち、それぞれのビジュアルイメージまで製作したライブツアー「BIG SKY ~neo Acoustic Live~」が名古屋・心斎橋・渋谷の東名阪で開催されました。このタイミングというのは、2021年のファン感謝祭で「Re★Birth of 1992」が重大発表され、青天霹靂びっくらぽんのナガマリ・ディナーショー・イン・鶴岡までやっちまうぞ~のアナウンスがあった頃。当然のように『会えて よかった』のコラボライブは開催日未定のままの延期状態、コロナ禍の人数制限問題からギリギリの状態で「サモール尾道」がどうにかこうにか開催にこぎつけられた後のことでした。社会情勢とにらめっこしながら右往左往し、挙句の果てには35周年というアニバーサリー・イヤーまで迎えてしまう。そんな中での「BIG SKY」というキーワードは、もちろん新たな扉(Brand-New Door)の先に広がっていた景色を表してもいるし、"20時の流星群"に代表されるようにファンとアーティストの絆を具現化したとも言えるし、作詞家・永井真理子という側面から見ると、「空」というキーワードは憧れや希望・内省や自己肯定のメタファーとして表現されてきた言葉でもあるわけです。そんなキーワードがタイトルに冠せられたのが、最新アルバム『BIG SKY self cover album Brand New Door』になります。

そもそものスタート地点は『Brand-New Door』に収録されていた"少年"ではなかろうかと、いつもの如くわたくし勝手に思っておりまして、アレンジャーであるCOZZiさんが、ギター炸裂のバンドサウンドではなく、どちらかというとマッシー的なエレクトロニカトリップホップな文法を発明したことが、この『BIG SKY』というアコースティックの「ネオ」の部分になるんではなかろうかと。それは『Brand-New Door Vol.2』の"La-La-La"に発展し、アルペジオを加えた"ありがとうを言わせて..."へとつながっていく。その根底にあるのは、やはりコロナ禍という内省の季節を越えたからであって、なんて言えばいいんでしょう、インナーチャイルドを癒すといいますか、メロディーや詩世界の本質を突き詰めたというか、なんかよくわからないんですけど、とりあえず天才って感じなんですよね。

で、もう一つが2020年6月の「おうちでトーク3」で披露された"同じ時代"。コロナ禍まっただ中、明日も見えない状況で、とにかくがんばろう、疲れたら休もう、無理はしないようにしよう、だけど、今日よりも明日がよくなるように少しずつでも歩いていこう、そんな思いをピアノにのせたマッシーのアレンジが秀逸すぎる楽曲が、そのアレンジのまま、この『BIG SKY self cover album Brand New Door』に収録されています。もうね、響子さんの楽曲を辛島さん的なピアノバラードに仕立て上げてしまうというこの反則技をマッシーがやってしまうという、なんだろう、ディズニーランドとUSJのいいとこどりのアトラクションをナガシマスパーランドで作っちゃったみたいな、意味わかんないんですけど、とにかくそんな感じなんですよ。でね、そんな今から3年前のアレンジがここでアルバムに収録されていて、コロナ禍から始まったB.N.Dシリーズの"少年"も、そもそものスタートだったと仮定するとしたならですよ、この『BIG SKY』というアルバムは、コロナ禍の3年間をギューッとまとめた作品になるのではないかと。言うなれば、このアルバムにはパンデミックとの戦いの歴史が詰まっているのではないかと。

そのキーになる曲が、またまたマッシーのアレンジによる"Keep on Keeping on"になるわけで。もともと12曲収録する予定だったアルバムが、最終的に"YOU AND I"を外して11曲収録に変更されたのも、このマッシーアレンジの"Keep on"があったからだと思うんですね。ベースとなるアレンジは『Re★Birth of 1992』のバージョンになるんですが、そこではまだ根岸さん的なイントロはそのままで、シンフォニックなサウンドアレンジが加わったとしてもオードブル的な感じ。ノスタルジックではあるけれど、どこかそれを古びないように煌びやかにラメってる印象がありました。そのシンフォニックをメインディッシュでドーンとアレンジしてきたのが『BIG SKY』バージョンで、この3年間の戦いを労うような、ここから始まる新しい時代を祝福するような、そこには痛みも涙もあって、新たな出会いや喜びもあって、こんなんじゃダメだと叱咤激励した日があって、これ以上はもう無理だと全てを投げ出してしまった日があって、でも、どんな日でも、この空だけは変わらず頭上に広がっていてくれてみたいな、なんともな柔らかい世界観が広がっているんですよね。その柔らかさとは、ほんのりと白んでいく夜明けの空のようであり、一日の疲れを癒してくれるオレンジ色の夕暮れのようでもあり、この景色が遠いどこかの誰かとつながっているのかもしれないと思えるような黄金色の月夜でもあるという。

「空」というキーワードがダイレクトに歌詞に出てくる楽曲ばかりを集めたアルバムが『BIG SKY』になると思いがちですが、この"Keep on"のように「空」を感じる楽曲を集めたコンセプチュアルなアルバムが『BIG SKY』になるわけでして、その選曲もまた、もう、たまらなく姐さんなんですよね。あのはっちゃけエレポップな"Bicycle Race"が、スタバで流れているようなカフェ・ミュージックになり、Jポップど真ん中のマージーソング"KISS ME"が、表参道辺りで流れてそうなフレンチポップスになってるという。どこで「空」を感じるんじゃ~と突っ込まれそうですが、スタバや表参道のテラスで空を見ません?透き通った青い空、晴れやかな気持ち、穏やかな時間、美味しい珈琲、街ゆく人々の雑踏、その楽しそうな笑顔、笑顔、笑顔。

コロナ以前は当たり前だった景色が、今ようやく戻りつつあります。それでも完全に以前のようになることは恐らく二度とないでしょう。時間は戻らないし、失ったものは失ったまま、誰もそれを取り返してはくれません。でも、この3年間を振り返ってみると、3年前の自分には想像もできなかった世界で、わたしたちは今を生きてはいませんか?3年前にはいなかった仲間たち。3年前には考えられなかったコミュニティ。3年前とは比べようもない幸せや喜びや楽しみが、今のわたしたちにはありませんか?それは、この3年間、ひとりひとりが何かと戦い、何かに抗い、何かに打ちのめされてきた結果だと思うんです。そんな≪傷だらけになった羽根≫をここで≪少し休ませて≫みよう。≪誰も悪くないから どうか責めないで≫ほしい。そんな真綿に包まれるような温かさに満ちた楽曲"おやすみ"でアルバムは締めくくられます。≪明日の光を背に浴びたら きっと 君への新しいドア開くよ≫と。

新生・永井真理子という言葉がぴったりなアルバム『BIG SKY』。冒頭の"海と貝殻"で、≪終わった心の傷は私に全てあずけて≫と大海のような抱擁力から物語は始まり、≪迷いの先にのぞく晴れ間へ この思い出を抱えてゆくよ≫と軽快なカッティングで明日へ踏み出していく"ミエナイアシタ"。"きれいになろう"では≪声が届かないあなたへの ありがとう≫と感謝と自己研鑽を、からの、好きすぎて全てが名フレーズの"WAY OUT"からあえて抜粋するなら≪君の中にすべての答えがある≫と、その内省は何一つ間違っていないよと。そして、"タンバリンをたたこう"の大団円。前作の『B.N.D Vol.2』も名盤でしたが、それを遥かにしのぐ名盤の誕生。アルバムの構成から、各曲のアレンジから、一音一音を味わうように包み込むように歌い上げているナガマリのボーカル。こんな作品作っちゃったら次はどうなるの?といらぬ心配をしてしまうくらいの出来なんですよね。

にしても、"WAY OUT"のアレンジが神すぎる。"好奇心"もそうだし、"キャッチ・ボール"のRe★Birthバージョンもそうだし、"レインボウ"もそうなんだけど、今のアニキだったら"ガリレオ"まで感動的に仕上げられちまうんじゃないかと思っちまいます。